大学時代からの長ーい親友から、6キロも体重が減るほどの悩みがあると呼び出された。
内容の見当をつけて出向くと――私の第一想像通り!!道ならぬ恋の相談であった。(最近なぜかこのパターンが多い!?)
彼女にはこれといって不満のない家庭がある。だけど職場でトキメク恋の相手ができてしまった。この恋をどうしたらいいか?というものだ。
「これは不倫であって、あの世で血の池ジゴクに落ちるくらいの大罪でしょう?」
「ダンナを裏切ってはいけない気がするー」と彼女。
「でも国によってはOKで、時代によってもOKなことだったりもするで?」とわたし。
お酒の席だったのもあって、ウダウダいろんな戯言をしゃべったが、肝心のことを言いそびれたのでここで言おうと思う。
どっちの道が正解か、とゆーのは、要するに彼女しだい。
彼女が一生涯かけて運営する、彼女なりのオリジナルな人生の責任をちゃんと引き受ける覚悟を持ってるのであれば、どの道を選んだとしても、私は彼女の選択を支持するつもりだ。
人は最低限自分の人生だけは、自分の思うようにしてよい権利もある。
困ったことには、どうやら彼女自身が「どうしたいのか」自分でわからないでいること。
やれ世間的にどうか、人からどう見られるとか、でも意外に母は少しくらい遊んでいいと言っているとか、、、その中に、自分はどうしたいかが出てこないことに気付いた。
これは長年おりこうさんに誰かの言いつけを守ってさえいれば良しとして自分の意見を持たずに来た弊害なのかもしれない。
もちろん一生おりこうさんで幸せに生きられるのならそれもOK。がしかし、どっかで抑圧された本質の自分が堰を切ってバクハツするようであれば、、、ちょっと軌道修正を考えていただきたい。心の健康のために。
いかに本質の自分を殺さないよう、可能なうまいやり方で外に出してやるか。
その手綱さばき具合いが人格であり、そこが人生の工夫のしどころなのかもしれない。。。
※不倫の是非について、どうこう言った意見ではございません(‘◇’)ゞ
私は法律屋でも宗教家でもないので、メンタル屋としてバランスを取る意味での発言です。
念のため!(#^.^#)